名古屋高等裁判所金沢支部 昭和51年(う)165号 判決 1977年6月30日
主文
本件控訴を棄却する。
当審における未決勾留日数中九〇日を原判決の本刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人高沢邦俊名義の控訴趣意書並びに被告人名義の昭和五二年一月一四日付、同月二八日付各控訴趣意書及び「控訴趣意補強書」と題する書面に各記載のとおりであるから、ここにこれらを引用する。
弁護人の控訴趣意第一点について。
所論は要するに、原判決は、被告人運転の自動車を三台の捜査用自動車で前後にはさむように停止せしめたうえで職務質問をしようとした警察官の行為を適法な公務執行と解しているが、右の行為は道路に障碍物を置いて停車を物理的に強制するものであり、任意の手段としては許されない違法なものであるから、原判決には職務質問に関する警察官職務執行法二条一項の解釈適用の誤りがあり、この誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。
しかしながら、記録を調査して検討するに、所論指摘の警察官の職務行為の適法性については、原判決が「弁護人の主張に対する判断」の部で詳細に説示する認定及び判断はすべて相当と認められ、警察官が本件職務質問に際し被告人運転車両を停車せしめるため採った措置に違法な点があったとはとうてい考えられない。すなわち、所論は、本件における警察官の行為は、警察官職務執行法二条一項の規定に照らし、許されない違法な職務行為であるというのであるが、関係証拠によれば、本件は、捜査用自動車でパトロール中に盗難車を発見した警察官らが、更に他の警察官らの応援を求めて、現場付近に待機し、いわゆる張込み捜査を行っていたところへ、被告人が該盗難車を運転進行してきたので、警察官において職務質問のため被告人車両を停車させようとして発生したものであって、右の具体的事情の下では、警察官としては盗難車を現に運転する被告人に対し職務質問をなすことは、犯罪捜査上重要かつ緊急を要する事項と認められるのに加え、予想される犯罪の重大性及び高速で疾走することが可能な自動車の機動性を考慮に入れれば、かかる場合、職務質問の実効を期するため、本件のごとく盗難車の前後に或程度の間隔を置いて捜査用自動車を一時的に接近停止せしめることは、職務質問を行うための通常の手段として、当然許容されるべきものと考える。もっとも、これが逮捕、監禁にわたるような強制力を伴う措置であってはならないところ、本件における警察官の職務質問のための一連の行為が逮捕、監禁にわたるような強制力の行使に該るものとは認め難いので、この点に関する所論には左袒できない。
そうとすれば、原判決には、所論のごとき警察官職務執行法二条一項の解釈適用の誤りはいささかも認められず、論旨は理由がない。
弁護人の控訴趣意第二点及び第三点について。
所論は要するに、被告人の検察官及び司法警察員に対する各供述調書(自白)は、被告人が本件で警察官から受けた傷害のため後頭部、肩、首筋が痛み吐き気をもよおし、その後、むち打ち症を患い、耳鳴り、頭重感及び項部痛に悩んでいた状態の中で、捜査官の執拗な誘導的尋問に屈し、被告人において捜査官の誘導を肯定する形で作成されたものであるから任意性がなく証拠能力がないのに、原判決にはかかる証拠とすることができない自白調書を証拠とした点で刑事訴訟法三一九条一項、憲法三八条二項に違反した違法があり、かつ右自白調書を掲げて被告人に警察官の公務執行についての認識があった旨認定した原判決には事実の誤認があって、これが判決に影響を及ぼすこと明らかである、というのである。
所論にかんがみ、記録を調査して検討するに、被告人は検察官及び司法警察員に対する各供述調書において本件を全面的に自白しているものであるが、右供述内容は詳細かつ具体的で首尾一貫しており、特に不自然不合理な点はなく、原判決挙示の爾余の関係各証拠ともよく符合していることが明らかであり、なお、被告人は本件において警察官に抵抗した際自らも負傷したことは認められるが、所論のごとく警察官が被告人の取調べに当り違法、不当な方法による取調べを行った形跡はなく、従って、供述の任意性に疑いをさし挾むべき余地は存しないから、右各供述調書における被告人の供述は、所論摘録の諸点を含めて措信するに足るものと認められる。そうとすれば、右各供述調書は証拠能力があり原判決がこれらを事実認定の証拠とした点に所論のいう刑事訴訟法三一九条一項、憲法三八条二項の違反が存しないことは明らかであり、しかして、原判決挙示の各証拠によれば、原判示の事実は、被告人の公務執行の認識の点に至るまで、すべてこれを認めることができるので、原判決には、所論のごとき事実誤認も認められない。論旨はいずれも理由がない。
被告人の控訴趣意中、量刑不当の論旨について。
所論は要するに、原判決の科刑が重きに失するうえ、未決勾留日数の算入が少な過ぎて不当である、というのである。
所論にかんがみ、更に記録を調査して検討するに、証拠に現われた被告人の性行、経歴、処遇歴、前科を初め本件各犯行の動機、態様、罪質、犯行後の状況等諸般の情状、とくに、本件は盗難車であることを知りつつこれを運転中の被告人が、警察官の適正な職務質問から逃れるため敢行した犯情悪質な事犯であって、被告人の刑責は決して軽くはないことを考慮すると、原判決の量刑(懲役一年二月)は相当として是認すべきであり、また、原審における審理経過、実質審理に要した日数等に徴すると、原判決が、未決勾留日数中二一〇日をその本刑に算入した措置も相当というべきであるから、論旨は理由がない。
その他、被告人の控訴趣意中、原判決に理由不備又は理由にくいちがいがあること、訴訟手続の法令違反、事実誤認或いは審理不尽等を主張する論旨については、弁護人の控訴の趣意と重複する点は、先に弁護人の控訴の趣意に対する判断として説示したとおり理由がなく、爾余の諸点についても、記録を精査して十分検討を加えたが、原判決には、所論指摘のような違法、不当のかどは毫も見出しえない。
よって、本件控訴は、いずれの観点からするもその理由がないから刑事訴訟法三九六条に則り、これを棄却することとし、刑法二一条に従い当審における未決勾留日数中九〇日を原判決の本刑に算入し、当審における訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項但書によりこれを被告人に負担させないこととする。
以上の理由により、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中原守 裁判官 横山義夫 宮平隆介)
<以下省略>